最近Facebookをみていたなかでnhkのフォローニュースのなかであることが目に入った。
とても有名な事件で、凶悪な事件として報じられており。犯人は、逮捕され有罪判決とされた。
随分前から冤罪と言われてることをはじめてしりました。
何故この事を書き留めたいと思ったかについて。
事件当時は、わたしは就職したばかりの世の中ことはちっともわかってない若者でした。
テレビで見たものは全て真実だとおもえるほどというか、真実とかそんなことではなく。全てを事実として受け止めしまっていた。
だからこそ、その記事はとても私のなかをざわざわつかせた。
すぐさまネットの記事を情報としてうけとった。
私はシステムエンジニアだ、ネット情報が全て真実ではないとわかってる。
ただ、
その事件で人が傷つき、なくなったのは事実であり。
また、その事件の犯人が冤罪なのかもしれないと言われてるのも事実として私は受け取った。
この事実対して。
結果として、真実はわからない。
ただ圧倒的な悪という印象が、
その情報により、私自身、
冤罪ではないかとも思うよになった。
また、冤罪と思った際、
ふと本当に冤罪だとしたら。
ものすごい怖い事実が生まれしまう。
真犯人がいるかもしれないという事実だ。
私は、大人となり、世の中を自分なりに感じとれるようになってきた。
バカ真面目という言葉が私にふさわしい言葉だが
いくつもの真実にうらぎられたこともあった。
例えば高校時代の同級生にいやいや貸したお金がかいされなかったばかりか、仲間だったかれからはあざわらうように、なんのことといわれた。
彼は福岡の予備校にかようことで、ヤンキーとなりくそ人間に成り下がったのだ。彼を一生許すことはないだろう。許されなくてもいいしーとあざわらったとて、そのつみにきづかず死んだとて、
あえていおう!カスであると!
また、つい最近だか、私は小学生のとき
少しいじめられた、クラスで一番強い子に慰謝料といわれ請求されつづけたけど、
仕方なく遊んであげていた。
彼はクラスのだれからも好かれていなかった事実をしらない。
彼がいない同級生は、みんな和気あいあい!
そう、我々は上も下もなかったのだ!
ただいやーだなーと
大人なり、そんな優しかった私は、きずくあれって理不尽だな。
大人となり、病弱だったわたしは心も身体もつよくなり。やつをぶちのめす力をもったが、
私はそんかことには興味はない。
ただ、同級生や初恋の人からなんども連絡とられても、そいつがくるなら楽しくないので行かなかった。
私が先生を目指したきっかけの先生くるとわかっていても。私はしんがつよい。
ある地元の祭の手伝いをしたとき。
いろんな同級生がきた。
そして、やつがきた、
おれおれ!
ま、としをとったけど、
憎んでるやつの顔がわからないわけではないが、
私は『だれ?』他人のふら、自分の名前をなのった。彼は同窓会にこなかった理由をききたかったのだろうか。素っ気ない、態度に、忙しそうだねとさっていった。彼はその時、自分がわたしの友達ではない事実を悟ったことだろう。
ま、大人なら事実を受け止め土下座でもすれば許さないこともなかったのだろうが。いじめていたのは事実だ。
やはり芯はバカ真面目だ。
そもそも腐った人間が嫌いだ。
腐る理由があればそれも含め受け止める。
腐った事をしないとやりきれないやっていけない理由があったとして。それは仕方ないとうけとめる。
ただそれが必要ない快楽だとするなら。
それは紛れもないくずであり。
救いようがない。
とうまわりしたが、
その犯人を今の今までそう感じていたのに。
ひっくり返ったような気持ちになった。
改めて私の見てきたものが全て真実ではないかも知れないという事実になんとも言えない気持ちが残る。
私はジブリが好きでこんなときに使うべきではないとわかってるが、
曇りなき眼で見定め必要がある!
決して決めることは出来ないが今感じ取ったことが真実であり!私なのだ