JusticeBrain  ~jusys2-13bpowerの日記~

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認知症は大切な家族が1番傷つく病気

私のは母親は認知症で60歳後半から82歳で昨年亡くなった。

私は、末っ子で30歳近くまで実家で過ごしていた。

私は母が大好きでした。

 

母も歳をとって生まれた末っ子でしたのでことさら可愛がってくれました。

 

そんな母は、私を忘れて昨年無くなりました。

 

母は、認知症になり、

姉が世話をして、それも厳しくなり施設で暮らすようになりました。

 

私が施設であった母との回数はおそらく5回程度で、それぞれ5分未満。

 

母の世界では私は他人で早く帰って欲しい人でした。

 

母は傷つく事はありません。

私が会いにこない事で悲しむ事はありません。それだけが救いでしたが、

私はどうしても、面会に行く度に心エグラレル!

しかし、私には母です。

なので母の日には花を渡しにもいきますが!やはりエグられます。

 

コロナの間は、面会はできず、

認知症の母とはオンライン面会はできません。

どこかそれを理由に正当化するように、数年は全く会いにいけず、

たまに姉に状況を聞くばかり。

 

どこか面会も行かない冷たい人間だと自分を責め!会いに行くと大好きな人に他人のような冷たい態度!

 

あの優しい母はどこか遠くにいってしまった。

 

母が認知症になったのは、

私の優しさが理由でした。

母が歳をとり、仕事が大変なので、

パートを辞めていいかといわれ!

自分もしっかり働いて会社からも表彰される人間でした。

母には大丈夫だよ!

母はすぐに辞めました。

 

私は仕事を頑張り、出世をめざし、

長期主張など家を離れる事も!

 

忙しくして帰ってきえ、

うるさく言う父に腹を立て家を出ていくことになるですが、

その時に母は私も連れて行ってといいました。

私は実家暮らしの子供なので、

そんな母をささえることも出来ず、

その当時は仲のいい先輩の家に居候するため難しいといいました。

 

そして親父と何も無い趣味もない生活で認知症となってしまった。

 

母は父に怒られからと言って、

赤子のように、

台所のテーブルの下に隠れていました。

 

そんな母を見かねて姉がめんどう見てくれました。

 

昨年亡くなった時不思議な事がおこりました。

 

兄は名古屋におり、

なかなか帰って来れない為、

最近は数年おきに帰ってきていて、

コロナの時は厳しく、コロナ開けた昨年帰省するということで、

私もタイミング合わせて母に面会にいいました。

兄貴をじっと母がみていて、

親父に似ていたのでしょうか?

○○さんとイントネーションだけが

そして、私をじっと眺め、

今ままでになく、誰だろーと!

 

久しぶりに会った母はとても元気良さそうでした。

 

兄とは、しばらくは大丈夫だろうね、とお互い話、安心して帰りました。

 

数日後、姉より、

母が亡くなりました。

お昼ご飯を食べてお昼寝した後亡くなったとの事でした。

 

唖然とする中、兄貴は名古屋に帰った直後にトンボ帰り。 

 

葬式は姉兄弟で無事終わりました。

 

私は、本来泣きやす人間ですが!

嫌な親父が亡くなった時は泣いたのに、母が亡くなった時は泣けませんでした。

  

母が亡くなって、棺桶に入った時、

認知症でどこかに遠くにいったという感覚の母がやっと帰ってきた感覚と!

 

どこかもう母にあっても他人のような 

心エグラレルことも無い!

苦行の終わりのように思え、

少し役目を終えれる安堵感のでしょうね。泣けませんでした。

 

葬式もおえ、49日、初盆、一周忌を終え、今これをドラマの認知症を見る中で気づきて書いてます。

 

今めっちゃ泣いています。

 

時おり、旅行地で母親と一緒に同年代の男性が、旅行をしていて羨ましく感じます。

 

ああ、私は母に何もできなかったし、

ただただ甘えただけで、何も返せなかったなー!

 

母は漁師の妻で、

父が漁から帰ってきたら忙しく、

さかなを揃えて、近所の駄菓子やのよこでうって!売った魚はさばいて届け!昭和の父なので、父は家事はしません。

4人兄弟、姉は心臓に病気を抱え!

後に無くなりますが!

そんな苦労人の母を!

私は少しでも手伝いたいと!

部屋の掃除を手伝ったり。

母が横にねているお腹背中をつけているのが好きな人間でした。

 

私はずっと子供のままで、

母には親孝行もできず!

 

母を見捨て認知症!

母は私に見捨てられたと、思って認知症になって私を忘れてしまった。

 

認知症は、本当になった本人以上に

家族を苦しめる病気です。

 

優しい家族程、

苦しまないで欲しい!

私は冷たいと言われても、

施設に頼む事を進めます。

 

それが認知症患者の優しい家族が救われる道のようにもおもいます。

 

どうか自分の心をえぐらないでくださいを

どうか楽な選択肢、楽な距離をとって下さい。

無理はしないで下さい。